in situ FTIRとHPLC・NMRを併用した
反応機構の推定
著者:Paul Scholl、Brian Wittkamp PhD (メトラー・トレド社)
リアルタイムな反応分析を可能とするin situ FTIRが1994年に発売されてから今日ま
で、同技術は学術分野から産業分野に渡って、新規化合物の開発および合成法最適化
における重要な分析装置であり続けています。反応中のin situ の挙動を直接分析する
技術は非常にユニークで、HPLCやNMRなどのオフライン分析とは相互補完の関係にあ
ります。in situ 測定から得られる貴重なデータに、オフライン分析データを重ね合わ
せることにより、多くの難解な反応機構や反応速度が解明されてきました。
このアプリケーションレビューでは最近発表された二つの例をご紹介します。これら
の文献を取り上げる理由は、最近興味を持たれている研究内容であることと、in situ
リアルタイムFTIR ReactIRからのデータを従来のオフライン分析と整合することによ
り、反応の深い理解・反応機構の解明・反応モデルの検証を、どのように行ったかに
焦点が当てられているからです。このアプリケーションレビューの目的は著者らの研
究とin situ 技術の利用法をご紹介することです。より詳しい詳細をお知りになりたい
場合は、元の論文をご参照いただきますようお願いいたします。
目次
1 フルフラールのバナジウム触媒によるアフマト
ヴィッチ転位に関する反応機構推定
2 基本骨格に芳香族を有する分子におけるC=C結
合の選択的水素化
3 まとめ
4 Reference
Application Review
事例1:フルフラールのバナジウム触媒によるアフマト
ヴィッチ転位に関する反応機構推定
Yining Ji†, Tamas Benkovics*‡, Gregory L. Beutner‡, Chris Sfouggatakis‡, Martin D. Eastgate‡,
and Donna G. Blackmond*†
† Department of Chemistry, The Scripps Research Institute,
‡ Chemical Development, Bristol-Myers Squibb
J. Org. Chem., 2015, 80 (3), pp 1696 – 1702
DOI: 10.1021/jo502641d
O VO(OPr)3 O O
+ (0.02 M) +
OOH OH
OH DCM, rt OH
1 (1.0 M) 2 (1.5 M) 3 4
スキーム1 フルフラールのアフマトヴィッチ転位
スクリプス研究所(カリフォルニア)とブリストルマイヤーズスクイブ(ニュージャージー州、
ニューブランズウィック)の研究者らは、反応条件を改善する研究の一環として、フラン誘導体
からのピラノン合成における中心金属の役割を解明するため、ReactIRを用いました。この触媒は
不安定なため、反応は不活性ガスでパージの上、室温以下で行います。不安定な触媒の作用を損
なわずに優れたデータを測定するには、in situ リアルタイムFTIRであるReactIRが最適です。
ReactIRは反応過程における各反応主要成分の濃度変化を詳細に測定します。その測定結果は反応
速度論解析や反応メカニズム解析に用いられます。
提起された転位のメカニズムについては、出典論文をご参照ください 。
100 100
75 転換率 75
II
50 50
III I
25 25
IV
0 0
00:00 00:20 00:40 01:00 01:20 01:40 02:00
時間 時間 分
図1 VO(tBuO)3触媒によるスキーム1のフルフラールのアフマトヴィッチ転位反応における各化学種(Ⅰ, Ⅱ, Ⅲ, Ⅳ)
と反応率の経時変化曲線(%)。
実線:Benkovicsらが提案した反応機構に基づくシミュレーション曲線, 点線:ReactIRの測定結果
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Application Review
転換率(%)または反応種(%)
バナジウム触媒でフルフラールを酸化し、化合物3(スキーム1)を合成する時、反応初期におい
ては良好な反応速度を得られるにも関わらず、その後停滞してしまう理由をつきとめることが、
この研究の主な目的のひとつです。ReactIRは連続測定であり、反応の時間変化を観察するのに最
適です。この研究においてはin situ リアルタイムFTIR ReactIRのデータ密度(時間分解能)が、反
応停滞の正確な情報を得る上で大いに役立ちました。
ReactIRのデータを1H NMRデータと比較すると、相関性は極めて良好です。よってReactIRが反応を
追跡する上で正確で迅速な方法であることが確認されました(図2)。ここでは、上記目的への使
用を説明しましたが、加えて一回の反応で多くのデータが得られています。重要な反応中の変化
が、サンプリングの合間に発生したとしても、ReactIRの連続測定によってとらえることができ、
速度論解析にも展開可能です。
1.0 1.0
0.8 0.8
[3]-FTIR
0.6 [1]-FTIR 0.6
[3]-NMR
[1]-NMR
0.4 0.4
0.2 0.2
0.0 0.0
00:00 00:30 01:00 01:30 02:00 02:30 03:00
時間 時間 分
図2 スキーム1の原料1と生成物3の濃度変化(小さい点:ReactIRデータ、大きい点:NMRデータ)
この研究には他にも2つの興味深い内容があり、第一に、著者らがRPKA3(Reaction Progress Kinetic
Analysis。スクリプス研究所のDonna Blackmond 教授によって開発)を使用し、51V NMRとin situ リア
ルタイムFTIRを組み合わせて反応機構そのものを調査していること、第二に、利用した手法とその
解釈に関して優れた議論を展開していることです。詳細な内容については、出典論文をご参照く
ださい。
Application Review 3
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濃度 M
事例2:基本骨格に芳香族を有する分子におけるC=C
結合の選択的水素化
Thomas J. Schwartz, Spencer D. Lyman, Ali Hussain Motagamwala, Max A. Mellmer, and James A. Dumesic.
University of Wisconsin.
ACS Catalyst. 2016, 6 (3), pp 2047–2054
DOI: 10.1021/acscatal.6b00072
4-hydroxy-
ウィスコンシン大学マディソン 4-hydroxycoumarin dihydrocoumarin Coumarin Dihydrocoumarin
校の研究者らは、バイオマスか (4HC) (4HDHC) (DHC)
らクマリンとジヒドロクマリン O O O O O O O O
(DHC)を合成する化学的およ +H2 −H2O +H2
び生物学的触媒反応の研究を行 OH OH
いました。 この研究が成功すれ +H +NH3 +NH32
ば、医薬・ファインケミカルの −H2O −H2O
製品製造において新規製造ルー H HO O N O N O
トを開発することができます。
このスキーム2に示す反応で
は、4-ヒドロキシクマリン OH
(4HC)を4-ヒドロキシジヒド 副生成物 医薬中間体(過剰水素化化合物)
ロクマリン(4HDHC)とする選
スキーム2 4 -ヒドロキシクマリン(4HC)の選択的水素化反応の経路
択的水素化が必要であり、芳香
環の存在下で目的のC=C結
合を水素化する必要があります。この研究の注目すべき点は、目的化合物に達するまでに必
要な合成ステップ数が少ないことです。
HCから HDHCへの水素化において、ReactIRによる in situ かつリアルタイムな解析を行い、
サンプリングとオフライン分析の回数とその煩雑さを低減しました。
0.11 a 0.11 0.11 b 0.11
0.1 0.1 0.1 0.1
0.09 0.09 0.09 0.09
0.08 0.08 0.08 0.08
0.07 0.07 0.07 0.07
0.06 0.06 0.06 0.06
0.05 0.05 0.05 0.05
0.04 0.04 0.04 0.04
0.03 0.03 0.03 0.03
0.02 0.02 0.02 0.02
0.01 0.01 0.01 0.01
0 0 0 0
0 10 20 30 40 50 60 70 80 0 5 10 15 20 25 30
時間 ( h ) 時間 ( h )
図3 4HC水素化のReactIR測定結果。各化学種のピーク強度の時間変化。
(a)2%Pd SiO 2 (b) 2%Pd-4%Au) SiO 2
水色 4HC 1630cm 青 4HDHCとDHC 1780cm 緑 過剰水素化物 1744cm
反応条件 温度74 9℃、圧力27bar 水素 、4HC濃度133mM i n THF、Cat : 4HC 0.42g g、
(a) Pd: HC 0 009mol mol、(b)Pds:4HC 0 13mol mol
4 Application Review
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ピーク強度
ピーク強度
反応解析の際、指紋領域のFTIRスペクトルを見 0.11 a 125
ることは非常に有効です。還元反応における官 0.1
能基の変化を追跡する際も同様です。この研究 0.09 100
0.08
においてもその特長を利用しています。 0.07
75
0.06
0.05
50
0.04
0.03
FTIRは特定の官能基を測定できますの 0.02 25
で、ReactIRは還元された各分子と過剰水素化 0.01
された分子の吸収ピーク(ベール則よりピー 0 00 10 20 30 40 50 60 70 80
ク強度と濃度は比例関係にある)を、反応の 時間 ( h )
開始から終了まで正確に測定しています。こ 0.11 b 125
れらの測定ではサンプリングが不要で、サン 0.1
プリングによる反応の阻害のリスクを排除 0.09 100
0.08
し、27barの圧力下、75℃の加熱条件で連続的
0.07
に行われています。ReactIRの結果を補完し定 750.06
量化するために、各反応でサンプリングし 0.05
50
HPLCとGCでの分析を行いました。ReactIRによ 0.04
0.03
る各成分の継時変化に基づき、反応開始点・ 0.02 25
終点・反応速度・副生成物(過剰水素化分 0.01
子)が判明しました。 0 00 10 20 30 40 50 60 70 80
時間 (h)
0.11 c 125
0.1
0.09 100
図3と4からわかるように、反応速度論解析にin 0.08
0.07
situ FTIRを用いることにより、各化学種濃度と 75
0.06
反応速度の関係をリアルタイムに知ることがで 0.05
き、反応機構と反応経路の解析にとって有用で 500.04
す。反応過程を連続的に測定することで包括的 0.03
な情報が得られ、結果として少ない実験数から 0.02 25
反応速度式を算出することができます。in situ 0.01
0 0
FTIRは、HPLCやNMRなどのオフライン分析法を 0 10 20 30 40 50 60 70 80
相互補完する技術として広く活用されており、 時間 (h)
反応を理解する上で欠けていた情報を補いま 図4 2%Pd/SiO2を用いた4HC水素化における各ピーク強度
す。 の時間変化点:HPLCとGCデータ、実線:ReactIRの測定結果
(a) 4HC 1630cm 、(b) 4HDHCとDHC 1780 、
(c) 過剰水素化生成物および4HC 1744cm
反応条件 温度74 9℃、圧力27bar 水素 、4HC濃度
133mM i n THF、 Cat :4HC 0.42g g、PdS:4HC
0 009mol mol
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ピーク強度 ピーク強度 ピーク強度
濃度 mM 濃度 mM 濃度 mM
3 まとめ
反応の理解を深めていく過程で必要となるのは、反応に関わる各分子の経時的な濃度変化を正確に
求め、反応速度の決定に結びつける作業です。in situ FTIR ReactIRはこの用途に最も適しており、
きわめて詳細な時間経過を迅速に収集できます。
反応解析において、in situ FTIRは二つの明確な利点を有しています。第一にFTIRによる各官能基に
由来するピーク観察により、各化学種を個々に測定することが可能であり、反応機構の解明への足
掛かりとなることです。第二にベール則が当てはまり、測定した吸光度と濃度に比例関係があるこ
とです。すなわちオフライン分析による定量値をあてはめることで、in situ FTIRからの経時変化
曲線を「定量化」できます。このアプリケーションレビューでご紹介した例でも、オフラインサン
プルの濃度測定値とin situ FTIRの継時変化曲線には優れた相関性が見られました。
in situ FTIRで測定した経時変化は、多くの研究開発にとって有用な情報となります。今回ご紹介し
た例では、相互補完する複数の測定法を組み合わせ、巧みに利用しています。著者らは反応プロ
ファイルを二つの方法から測定し、濃度の経時変化の確認を行い、反応速度の算出にも利用しまし
た。
ReactIRについて
と全反射( )センサーには他の分析法には無い多くの利点があります。以下のような特長
により、有機合成の反応解析に役立ちます。
・反応器に直接差し込むことができ、in situ でリアルタイムな反応測定が行えます
・サンプリングが不要で、各化学種を反応条件下のままで測定できます
・通常、気泡や固形物の影響を受けませんので、水素化反応や不均一反応に最適です
・水系の反応にも適用できます(光路長は16ミクロンであり、水の大きな吸収があっても飽和す
ることはありません。反応物質のピークを追跡可能です)
・非破壊分析であり、化学反応に影響しません
・ベール則に基づいたデータであり、定性分析と定量分析が可能です
ReactIRは、in situ 条件での測定なので、瞬間的な変化もリアルタイムに得ることができます。in situ
測定であり、不安定な中間体の反応挙動をより詳細に直接知ることができる点も重要な特長です。
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in situ mid-infrared spectroscopy (mid-FTIR) の使用に関する文献はこの20年で数千にのぼります。
そのほとんどが反応速度論解析への応用です。ReactIRデータが重用される主な理由は、連続性の
あるデータです。データ取得は自動であり、通常は一分間に一点、最短では一秒間に1点のスペク
トルを測定することができます。すなわち速度の依存性を知るために多数の反応実験を行うので
はなく、たった数回の実験で反応機構を裏付けるドライビングフォースをつきとめるデータを得
ることができます。その結果、研究のスピードアップにつながります。通常サンプリングを行う
と温度変化や水、酸素の影響を受けることがあります。またHPLC等の分析のため希釈することで
影響が出ることもあります。一方、ReactIRではサンプリングが不要でありこれらのリスクはあり
ません。オフライン分析法と比べ、より正確な反応追跡が可能です。
ReactIR 15 ReactIR 45m ReactIR 45P
www.mt.com/ReactIR
Reference
1. Yining Ji†, Tamas Benkovics*‡, Gregory L. Beutner‡, Chris Sfouggatakis‡, Martin D. Eastgate‡, and
Donna G. Blackmond*†
† Department of Chemistry, The Scripps Research Institute,
‡ Chemical Development, Bristol-Myers Squibb
DOI: 10.1021/jo502641d
2. Thomas J. Schwartz, Spencer D. Lyman, Ali Hussain Motagamwala, Max A. Mellmer, and James A. Dumesic.
University of Wisconsin.
DOI: 10.1021/acscatal.6b00072
3. Donna G. Blackmond. "Reaction Progress Kinetic Analysis: A Powerful Methodology for Mechanistic Studies of
Complex Catalytic Reactions"
Volume 45, Issue 14, 2162
DOI: 10.1002/anie.200462544
産業界でのin situ FTIRの利用についての参考文献リストはこちらから
www.mt.com/ReactIR-Citations
Application Review 7
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反応速度論解析への応用例
反応機構と反応経路の解析
反応速度論解析でin situ FTIRを用い、in situ かつリアルタイムに反応物
濃度と反応速度の関係を得ることで、反応機構と反応経路をより良
く理解できます。反応進行中の連続スペクトルは包括的なデータで
あり、少ない実験数で反応速度式の計算が可能となります。in situ
FTIRはHPLCやNMRなどのオフライン測定と相互補完的な技術として広
く利用されており、多くの例で反応の全容解明に向けたデータの、
欠けていた部分を埋める役割を果たしています。
www.mt.com/AppKinetics
メトラー・トレド株式会社オートケム事業部 www.mt.com/ReactIR
〒110-0008 東京都台東区池之端2-9-7 池之端日殖ビル6F 詳細はこちらから
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