経営者と管理者のための
機械安全ハンドブック
機械安全を「現場任せ」から「経営の仕事」へ
クラウスアンドナイマー株式会社
2026 年 9 月 第 1 版
20260910
目次
第 1 章 経営者への問いかけ .................................................................................................... P3
第 2 章 数字で見る機械災害——20 年の推移 .............................................................................. P4
第 3 章 事故の代償:四重責任 ............................................................................................... P6
第 4 章 「事故ゼロ」は「危険ゼロ」ではない:非定常作業の危険 ............................................................ P8
第 5 章 法令と国際原則:「停止」だけでは足りない ........................................................................ P10
第 6 章 教育と訓練の役割と限界 ............................................................................................ P12
第 7 章 経営と一体化した安全管理(OSHMS)と安全投資 ............................................................ P14
第 8 章 安全を企業文化にする ............................................................................................... P16
第 9 章 まとめ:明日からの 5 つの行動 ...................................................................................... P18
本書の読み方
本書は、工場設備を持つ製造業の経営者・役員、工場⾧、工務・保全・安全衛生部門のマネージャー以上を対象としていま
す。機械安全を「現場の技術的な話」としてではなく、会社の操業・信用・人材、そして経営者・管理者自身の責任に関わる
「経営の仕事」として捉え直していただくことが、本書の狙いです。
そのため本書では、安全装置の種類や国際規格の技術的な詳細には立ち入りません。かわりに、事故が経営に何をもたらす
か、法令が何を求めているか、教育や仕組みにはどのような役割と限界があるか、そして経営者・管理者は何を指示し、どう文
化として根づかせればよいかを扱います。
安全装置の選び方や規格の詳細を知りたい方は、姉妹編『機械安全入門ハンドブック』をあわせてご覧ください。
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第 1 章 経営者への問いかけ
☐ 「うちは重大事故が起きていないから大丈夫」と思っていませんか?
☐ 清掃・点検・修理のとき、誰がどう機械を止めているか、答えられますか?
☐ 安全対策を「利益につながらない費用」として扱っていませんか?
多くの経営者・管理者が、機械安全について似たような状況に置かれています。これまで重大な事故が起きていないため、安全投
資の必要性を実感しにくい。安全対策は、売上にも利益にもつながらない「費用」に見える。社内には機械安全の専門家がおらず、
どこから手をつければよいのか判断がつかない。業界や社内に「機械安全」という考え方がまだ根づいておらず、安全の問題はどうして
も現場や担当部署任せになってしまう。そして何より、自社の設備のどこに、どれほど重大な危険が潜んでいるのか、経営として把握
できていない――。
もし、これらのどれか一つにでも心当たりがあるなら、本書はあなたのために書かれています。心配は要りません。多くの会社が同じ状
況にあります。問題は、状況そのものではなく、状況を放置することです。
本書の主張は、次の 3 点に集約されます。第一に、危険は「非定常作業」――清掃、点検、修理、調整、トラブル復旧など、通
常運転の陰に隠れた作業――に集中しています。第二に、事故が起きたときの責任は、会社だけでなく、部⾧や課⾧といった管理
職個人にも及びます。この点は、本書の第 3 章で詳しく解説します。第三に、経営者・管理者の役割は、安全対策を自ら設計す
ることではありません。問題を発見させ、優先順位を決め、担当部署や外部の専門家を動かし、最終的には安全を重視する判断
が当たり前になる企業文化へと育てることです。
本書の構成
第 2 章 数字で見る機械災害/第 3 章 事故の代償:四重責任/第 4 章 非定常作業の危険/第 5 章 法令と国際原則/第 6 章 教育と訓練の役割と
限界/第 7 章 OSHMS と安全投資/第 8 章 安全を企業文化にする/第 9 章 まとめ
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第 2 章 数字で見る機械災害——20 年の推移
日本の労働災害は、20 年かけても「減りきっていない」。特に製造業の機械災害は、現在進行形の経営リスクで
す。
図 1 製造業における死傷者数・死亡者数の⾧期推移(2006~2025 年)
労働災害による死亡者数は、⾧期的には着実に減少してきました。厚生労働省の確定値によれば、全産業の死亡者数は 2006
年(平成 18 年)の 1,472 人から、2025 年(令和 7 年)には 700 人へと、20 年でほぼ半減しています。しかし、休業 4 日
以上の死傷者数は同じ期間で 134,298 人から 135,333 人と、ほとんど変わっていません。死亡者数のグラフが右肩下がりを描く
一方で、死傷者数のグラフはほぼ横ばい、あるいは近年はむしろ下げ止まりの様相を見せています。
製造業に限ってみても、状況は同じです。製造業の休業 4 日以上の死傷者数は、2006 年の 36,670 人から 2025 年の
26,371 人へと減少したものの、その大部分は 2010 年代前半までに進んだ減少であり、2011 年(28,457 人)以降の 10 年
余りは 26,000~28,000 人台で下げ止まっています。製造業の死亡者数も、2006 年の 268 人から 2025 年の 115 人へと
大きく減った一方、近年は 115~142 人のレンジで横ばい傾向です。つまり、「全体としては改善している」という 20 年スパンの印
象の裏側で、直近 10 年余りの製造業の機械災害は減りきらないまま高止まりしているのです。
図 2 製造業「はさまれ・巻き込まれ」死傷者数の⾧期推移(2006~2025 年)
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なぜ、製造業の死傷者数は減りきらないのでしょうか。その大きな要因のひとつが、「はさまれ・巻き込まれ」――機械の可動部に人
が接触したり、巻き込まれたりする災害です。製造業における「はさまれ・巻き込まれ」の死傷者数は、2006 年の 11,110 人(製
造業全体の死傷者数に占める割合 30.3%)から 2025 年の 5,992 人(同 22.7%)へと、20 年かけて着実に減少してきま
した。
しかし、ここで注目すべきは減少の「ペース」です。2006 年から 2016 年ま
での 10 年間で 11,110 人から 7,017 人へと約 4,000 人減った一方、
2016 年から 2025 年までの 9 年間では 7,017 人から 5,992 人へと、
減少幅は 1,000人程度にとどまっています。つまり、「はさまれ・巻き込まれ」
の削減は近年になるほど難しくなっており、割合で見ても製造業の死傷者に
占める比率は依然として 20%台を超えたままです。⾧期で見ても、「はさま
れ・巻き込まれ」は一貫して労働災害の主要な型であり続けています。これ
は、機械が持つ運動エネルギーという本質的な危険源が、20 年間、根本
的には解消されていないことを示しています。
図 3 2025 年 製造業の事故の型別構成
2025 年の製造業における死傷者 26,371 人のうち、事故の型別で最も多いのは「はさまれ・巻き込まれ」で、5,992 人、実に
22.7%を占めています。これは製造業で発生する事故の型としては最多であり、他のどの型よりも多くの労働者がこの型の災害に
遭っていることを意味します。
国も、この構造的な課題を認識しています。第 14 次労働災害防止計画は、製造業における「機械によるはさまれ・巻き込まれ」に
よる死傷者数を、2027 年までに 2022 年比で 5%以上減少させるという重点目標を掲げています。2024 年の実績は 4,692
人で、目標である 4,640 人以下まで、あと一歩に迫っています。
注意:上記の「はさまれ・巻き込まれ 5,992 人・22.7%(事故の型、2025 年)」と「機械によるはさまれ・巻き込まれ 4,692 人(2024
年)」は、集計の定義と対象年が異なる数値です。前者は起因物を問わない事故の型全体の集計、後者は機械が直接の原因となったも
のに限定した、国の防止計画上の指標です。二つを同一のグラフや文脈で単純比較しないよう、本書でも明確に分けて紹介しています。
もうひとつ、注目すべきデータがあります。厚生労働省が公表した労働災害の原因分析では、製造業の死傷者のうち、「運転中の
機械、装置などの掃除、注油、修理、点検など」の最中に被災したケースが、無視できない割合を占めていることが示されています。
つまり、通常運転中の事故だけでなく、「止まっているはずの機械」「止めながら作業しているはずの機械」の周辺でも、事故は起きて
いるのです。この事実は、次章以降で詳しく扱う「非定常作業」の危険性の入り口となります。
機械によるはさまれ・巻き込まれ防止対策に取り組む事業場の割合は、従業員 500 人以上の事業場で約 91%である一方、50 人未満
の事業場では約 38%にとどまります。企業規模が大きいからといって、対策が自動的に完成しているわけではありません。
20 年分のグラフが示しているのは、「自然に減るのを待っていても、機械災害はなくならない」という事実です。減少を待つので
はなく、能動的に手を打つことが必要です。
出所:厚生労働省「職場のあんぜんサイト」労働災害統計集 各年版ほか
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第 3 章 事故の代償:四重責任――会社と「あなた」に何が起こるか
事故の代償を、治療費と補償だけで見積もっていませんか。
労働災害が発生したとき、事業者に問われる責任はひとつではありません。刑事責任、行政責任、民事責任、そして社会的責任
――この「四重責任」が、同時に、あるいは時間差を伴いながら、会社にのしかかります。そして重要なのは、この責任が会社という
組織だけにとどまらず、現場を指揮監督する立場にある管理職「個人」にも及び得るという事実です。
図 4 四重責任マップ
刑事責任
労働安全衛生法違反による書類送検・企業名公表は、令和 6 年度で全国 493 件にのぼります。公表された事案の約 8 割が
安全衛生法違反であり、なかでも機械・作業の危険防止に関する規定(第 20 条・第 21 条)に関するものが最も多くを占めて
います。公表された企業名は、インターネット上に⾧期間残り続けます。
そして、ここが多くの経営者が見落としがちな点です。労働安全衛生法第 122 条は、いわゆる「両罰規定」を定めています。条文で
は、法人の代表者や代理人、使用人その他の従業者が、その法人の業務に関して一定の違反行為をしたときは、「行為者を罰す
るほか、その法人又は人に対しても」罰金刑を科すと規定されています。つまり、罰せられるのは法人だけではありません。現場の指
揮監督権限を持つ部⾧、工場⾧、課⾧といった管理職個人も、「行為者」として刑事罰の対象になり得るのです。これは、あらゆる
違反で自動的に管理職が処罰されるという意味ではありませんが、「会社が罰金を払えば済む話」では終わらない可能性があること
を、経営として認識しておく必要があります。
行政責任
労働基準監督署は、設備や作業に急迫した危険があると判断した場合、機械や作業の使用停止等命令という行政処分を出す
ことができます。是正が完了するまで、該当する設備やラインは稼働できません。場合によっては、許可の取消しや指名競争入札の
停止など、事業継続そのものに影響する処分に発展することもあります。
さらに、労災保険には「メリット制」という仕組みがあります。事業場ごとの過去の災害実績に応じて、保険料率が原則として±40%
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の範囲で増減する制度です。一度事故が起きれば、その影響は単年度では終わらず、3 年間にわたって保険料というかたちで経営
に跳ね返り続けます。
民事責任
労災保険からの給付は、被災者の治療費や休業補償の一部をカバーしますが、それとは別に、企業は安全配慮義務違反による
損害賠償責任を問われることがあります。裁判例では、機械への巻き込まれ事故で数千万円規模の賠償が命じられた例や、死
亡・重度後遺障害の事案で 1 億円を超える賠償が認められた例も報告されています。
ここが本章で最も強調したい点です。安全配慮義務は、労働契約法第 5 条にも規定される考え方であり、判例の積み重ねによっ
て具体化されてきたものです。そのため、「法令や社内規程に違反していなかった」ことは、それ自体では免責の理由になりません。
予見できたはずの危険を放置していれば、たとえ形式的に法令を守っていたとしても、安全配慮義務違反として賠償責任を問われ
得るのです。刑事責任と民事責任は、必ずしも一致しません。刑事で不起訴や無罪となった場合でも、民事の損害賠償責任は別
途成立することがありますし、逆もまた起こり得ます。
社会的責任
送検・公表がもたらすのは、法的な処分だけではありません。取引先の CSR 調達基準やサプライヤー監査では、労働安全の状況
が標準的な確認項目になりつつあります。また、2023 年以降、有価証券報告書における人的資本情報の開示が進み、労働災
害に関するデータは投資家が参照する経営指標へと変わりつつあります。加えて、構造的な人手不足のなか、職場の安全性は採
用力や従業員の定着にも直結します。事故と、その後の対応のまずさは、会社の信用を⾧期にわたって損ないます。
刑事責任と民事責任は別物です
同じ一つの事故から生じる責任であっても、その性質はまったく異なります。刑事責任は国家が科す制裁であり、行政責任は監督官庁の処
分、民事責任は被災者・遺族への賠償です。三者は独立して判断されるため、「一つをクリアすれば残りも安心」という考え方は成り立ちませ
ん。
四重責任の重さを知ることは、読者を恐れさせるためではありません。事故が起きる前に投資し、指示を出しておくことこそが、会
社だけでなく、経営者・管理者自身をも守るのだという判断材料として受け止めていただきたいのです。
出所:株式会社イプロス「機械安全の基礎知識 7:労働安全衛生法と安全配慮義務」(2018 年)/厚生労働省「労働基準関係法令違反に係る公表事
案」/e-Gov 法令検索(労働安全衛生法第 98 条・第 122 条、労働契約法第 5 条)
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第 4 章 「事故ゼロ」は「危険ゼロ」ではない:非定常作業の危険
危険は通常運転ではなく、清掃・点検・修理・詰まり除去などの「非定常作業」に集中しています。
「非定常作業」とは、清掃、点検、修理、保全、段取り替え、詰まりの除去、調整、トラブル復旧、機械内部への立ち入り、そして
安全装置を一時的に解除した状態で行われる作業――といった、通常の生産運転とは異なる作業のことです。これらは日々の生
産計画には登場しない、いわば「例外処理」として扱われがちですが、実際にはどの工場でも毎日のように発生している、避けて通れ
ない作業です。
清掃 点検
修理 保全
段取り替え 詰まりの除去
調整 トラブル復旧
機械内部への立ち入り 安全装置を一時的に解除した状態で行われる作業
図 5 通常運転と非定常作業の違い
通常運転では、ガードやインターロックといった安全装置が有効に機能し、エネルギーは制御された状態で供給され、決まった手順の
もとで決まった人だけが起動操作を行い、人は危険区域に立ち入らない構造になっています。ところが非定常作業では、こうした前
提が次々と崩れます。安全装置は一時的に外され、あるいは無効化されることがあります。電源を切ったつもりでも、油圧・空圧・重
力などのエネルギーが機械の内部に残っていることがあります。決められた手順がないまま、他の人が気づかずに再起動できてしまう
状況が生まれます。そして何より、身体や手が、本来立ち入るはずのない危険区域の内側に入り込みます。
データで見る非定常作業の危険
東京労働局が機械関連の労働災害を実地調査した分析によれば、機械災害の 41.4%が非定常作業中に発生しており、なか
でも「掃除中」の割合が高いことが指摘されています。厚生労働省が 2012 年に公表したパン・菓子製造業の分析でも、機械によ
るはさまれ・巻き込まれ災害の約 8 割が非定常作業(清掃中、付着物等の除去中、修理・調整中)で発生しており、機械を止
めないまま作業した災害が約 6 割にのぼったことが示されています。中央労働災害防止協会が化学関係事業場 537 件を分析し
た資料でも、非定常作業中の災害が 61.6%を占めていました。
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これらはいずれも特定の地域・業界・期間を対象にした調査結果であり、製造業全体に共通する数値としてそのまま一般化することはできま
せん。しかし、業界や調査手法が異なっても、「非定常作業に危険が集中する」という傾向が繰り返し確認されている点は、見過ごせない事
実です。
なぜ非定常作業は危険なのか
非定常作業が危険である理由は、大きく 5 つに整理できます。第一に、作業機会そのものが少なく、作業者が習熟しにくいことです。
年に数回しか行わない作業では、経験による勘や勝手を働かせる余地がありません。第二に、突発的な故障などへの対応では、時
間的な余裕がなく、急いで作業を終わらせようとする心理が働きます。第三に、設備面・管理面での事前の検討が不足しやすく、そ
もそも安全な作業方法が確立されていないことも少なくありません。第四に、製造部門と保全部門、外注先など、複数の関係者間
での連絡調整が不足しやすく、誰がどこで何をしているかが見えにくくなります。第五に、作業指示や、作業完了後にどうなれば運転
を再開してよいのかという復旧条件が、曖昧になりやすいことです。
図 6 事故の共通経路
これらの要因が重なると、業界や設備が違っても、驚くほど似た構造の事故が繰り返されます。
化学工業・粉砕機
詰まりを取り除くために作業者が機械内部に入ったところ、それに気づかない別の作業者が機械を起動してしまい、死亡に至った事例が報告されていま
す。
金属加工・油圧装置
電源を遮断した後にパッキンの交換作業を行っていたところ、油圧の残圧によって部品が落下・激突する事故が起きています。電気を止めても、油圧・
空圧・重力といったエネルギーは、必ずしも同時には安全化されないのです。
こうした事例を横断して見えてくる背景要因は、次の 4 点に集約されます。
• 清掃や詰まりの除去を「生産作業の一部」として扱い、正式な管理の対象にしていないこと
• 停止ボタンを押すことと、エネルギーを完全に隔離することを混同していること
• 電気以外のエネルギー――油圧、空圧、重力、ばね、熱、回転慣性――を見落としていること
• 作業者本人以外でも、その機械を再起動できてしまう状態が放置されていること
「今まで事故がない」ことは、安全の証明ではありません。個人の不注意を責めても、同じ事故は再発します。人がうっかり手順
を省略しても重大事故になりにくい設備・仕組みを作ることこそが、経営の役割です。
出所:東京労働局の実地調査(労働新聞社報道)/厚生労働省「パン、菓子製造業における労働災害防止対策の徹底について」(2012 年)ほか(企業
名は記載していません)
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第 5 章 法令と国際原則:「停止」だけでは足りない
非定常作業時の停止・再起動防止は法令上の義務であり、その考え方は国際的な機械安全の原則と一致してい
ます。
労働安全衛生規則第 107 条は、機械の清掃、給油、検査、修理、調整といった作業で危険のおそれがあるとき、原則として機械
の運転を停止するよう事業者に求めています。しかし、この条文が求めているのは、単に停止ボタンを押すことだけではありません。運
転を停止した場合には、他の人がその機械を起動できない状態――起動装置への施錠や、作業中であることを示す表示板の取り
付けなど――まで作ることが義務づけられています。2013 年の改正では、詰まりや異物の除去を含む「調整」も対象として明確化
されました。
法令が求めているのは、停止ボタンを押すことではありません。作業中に、誰も再起動できない状態を作ることです。
表 1 主な法令・指針の位置づけ
根拠 対象 内容 位置づけ
労働安全衛生法第 20 条 事業者 機械等による危険を防止する措置 法的義務
労働安全衛生法第 28 条の 2 事業者 危険性・有害性の調査(リスクアセスメント) 努力義務
労働安全衛生規則第 107 条 機械を使用する事業者 清掃・修理・調整時の運転停止と再起動防止 法的義務
機械の包括的な安全基準に関する
機械の製造者・使用者 設計・製造から使用までのリスク低減 行政指針
指針
表 2 国際原則との対応
安全原則 日本の根拠 国際規格・海外制度
危険源を調べ、優先順位をつける 機械の包括的な安全基準に関する指針 ISO 12100(JIS B 9700)
ISO 14118(JIS B 9714)、米国 OSHA
予期しない起動を防ぐ 労働安全衛生規則第 107 条
の LOTO
労働安全衛生法、労働安全衛生マネジメントシ
経営層が関与し、継続的に改善する ISO 45001
ステム指針
これらの法令・指針は、日本だけのローカルルールではありません。危険源の特定と優先順位に沿ったリスク低減、そして予期し
ない起動の防止という考え方は、国境を越えて共有されている機械安全の基本原則です。
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図 7 エネルギー管理の 6 段階
安全に非定常作業を行うために必要なのは、準備、停止、全エネルギー源の隔離、施錠、残留エネルギーの安全化、そして無エネ
ルギー状態の確認という 6 段階のプロセスです。電気を止めるだけでは、油圧・空圧・重力・ばね・熱・回転慣性といった、電気以外
のエネルギーは安全化されません。たとえば大型の切断装置では、電源を落としても、持ち上げられた部品が重力で落下する危険
が残ります。こうしたエネルギーを一つひとつ洗い出し、隔離し、確認するプロセスを踏んで初めて、非定常作業は安全になります。
考え方の例:動力遮断と鍵の順序
施錠できる動力遮断スイッチ(ディスコンスイッチ)は、電源を物理的に切り、南京錠によって第三者による再投入を防ぐという考え方をわかり
やすく示す一例です。また、トラップキーは、「電源を切る→鍵を抜く→その鍵で扉を開ける」という物理的な順序によって、危険区域への立ち
入りと再起動防止を結びつける考え方の一例です。
これらは対策の一例にすぎず、採用しただけで安全や規格適合が保証されるわけではありません。設備ごとの評価と、専門家による確認が欠
かせません。安全装置の種類や選定の詳細については、姉妹編『機械安全入門ハンドブック』をご覧ください。
出所:e-Gov 法令検索「労働安全衛生法」「労働安全衛生規則」/厚生労働省「機械の包括的な安全基準に関する指針」/ISO 12100:2010/ISO
14118:2017/ISO 45001:2018
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第 6 章 教育と訓練の役割と限界
「教育はしています」――それで十分と言えるでしょうか。
安全教育は、任意の取り組みではありません。労働安全衛生法第 59 条は、事業者に対し、労働者を雇い入れたとき、作業内容
を変更したとき、そして危険または有害な業務に就かせるときに、安全衛生教育を行うことを義務づけています。労働安全衛生規
則第 35 条は、雇入れ時の教育で扱うべき事項として、安全装置や保護具の性能・取り扱い方法、作業手順、作業開始時の点
検、機械や原材料の危険・有害性と取り扱い方法、事故時の応急処置・避難、疾病の予防、整理整頓・清潔の保持など、8 つ
の項目を挙げています。
さらに、アーク溶接や小型車両系建設機械の運転など、危険または有害な業務に労働者を就かせる場合には、労働安全衛生規
則第 36 条に基づく「特別教育」が義務づけられています。対象となる業務は現在およそ 50 種類にのぼり、事業者は受講者・科
目などの記録を作成し、3 年間保存しなければなりません。
表 3 法定安全衛生教育の概要
教育の種類 対象 根拠条文
雇入れ時教育 新規雇入れ・作業内容変更時の労働者 労働安全衛生法第 59 条・同規則第 35 条
特別教育 危険・有害業務(アーク溶接等・約 50 業務)に就く労働者 労働安全衛生法第 59 条・同規則第 36 条
経営として問うべきは、こうした法定教育が形だけの実施になっていないか、実施状況を経営自身が把握しているか、という点です。
教育は現場任せにできる領域ではなく、法的な義務として経営が管理すべき対象です。
教育には 3 つの種類がある
安全教育は、対象とする不安全行動の原因に応じて、3 つに分けて考えることができます。「知らない」――安全に関する知識がな
い、または不足している場合には、知識教育が必要です。「知っているが、できない」――知識はあっても技能が伴わない場合には、
技能教育が必要です。「知っているが、やらない」――知識も技能もありながら実行しない場合には、態度教育が必要です。特に
入社 1 年未満の作業者による不安全行動が労働災害の原因の多くを占めることから、新入社員への知識教育の重要性は高く、
現場監督者による率先垂範も欠かせません。
訓練の有効性
5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)活動や、危険予知訓練(KYT)、作業前の指差し呼称は、日本の現場が⾧年培ってきた
有効な手法です。特に、安全装置を一時的に解除した状態で行う非定常作業では、「危ないことを危ないと感じる感受性」を高め
る KYT のような訓練が重要な役割を果たします。作業開始前の短時間のミーティングで、その日の危険を作業者どうしで共有する
取り組みは、多くの現場ですでに定着しています。
しかし、教育・訓練には限界がある
ここからが、本章で最も伝えたいことです。安全教育を行っても、その内容が記憶に残るのはごくわずかな期間だといわれます。うっか
り、ぼんやり、勘違いは、どれほど訓練を積んだベテランにも起こり得ます。人はミスをするという前提に立たなければ、安全は設計でき
ません。
だからこそ、国際的な機械安全の考え方では、リスク低減の対策に明確な優先順位が定められています。第一に、危険源そのもの
を取り除いたり小さくしたりする本質的安全設計。第二に、ガードやインターロックなど、人を危険から隔離し、あるいは危険なときに
機械を止める安全防護・付加保護方策。そして第三に、警告表示や教育・訓練といった「使用上の情報」――これは、あくまで最
後の手段です。
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図 8 リスク低減の優先順位と教育・訓練の位置づけ
教育や訓練は、安全を支える不可欠な土台です。しかし、設備や仕組みによる対策の「代わり」にはなりません。もし自社の安
全対策が、教育や注意喚起だけに大きく依存しているとすれば、それは設備・仕組みへの投資を検討すべきサインだと受け止め
てください。
出所:株式会社イプロス「機械安全の基礎知識 4:教育による残留リスクの低減」「同 5:訓練による残留リスクの低減」(2017 年)/e-Gov 法令検索(労
働安全衛生法第 59 条、労働安全衛生規則第 35 条・第 36 条)
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第 7 章 経営と一体化した安全管理(OSHMS)と安全投資
安全成績は、経営の鏡です。
2000 年代、日本の代表的な企業で重大な労働災害が相次いだことを受け、厚生労働省は大規模製造業事業場の安全管理
体制について自主点検を実施しました。その結果、災害発生率が高い事業場には、共通する 6 つの問題点があることが明らかにな
りました。事業場のトップ自らによる率先した安全管理活動が不十分であること。トップが、安全管理に必要な人員・経験や経費に
不足を感じていること。下請けなど協力会社との安全管理の連携や情報交換が不十分であること。労使が協力して安全問題を審
議する安全委員会の活動が低調であること。安全管理者や現場労働者への教育が不十分であること。そして、設備・作業の危険
性を評価し、災害を防ぐための措置の実施が低調であること――です。
注目すべきは、これら 6 項目のほとんどが、現場の努力不足ではなく、経営トップの関与不足を指しているという点です。逆に、リスク
評価や労働安全衛生マネジメントシステム(OSHMS:Occupational Safety and Health Management System)を実
施している事業場では、災害発生率が低いことも確認されています。
OSHMS とは何か
OSHMS は、労働者の協力のもとで、事業者が継続的に行う自主的な安全衛生活動の仕組みです。その特徴は 4 つあります。
計画・実施・評価・改善という PDCA サイクルによる継続的改善。関係者の役割・責任・権限を明文化・記録化すること。使用中
および新規導入予定の機械・設備の危険・有害要因を特定し、低減させること。そして、経営トップによる安全衛生方針の表明か
ら始まる、全社的な推進体制です。
図 9 OSHMS の PDCA サイクルと経営トップの役割
OSHMS を始めるにあたり、まず経営トップが安全衛生方針を表明します。次に、各級管理者を任命してその役割・責任・権限を
定め、体制を整備し、経営トップの指揮のもとで全社的な推進とシステムの定期的な見直しを行います。「トップが決断し、現場が
実行する」――この体制こそが OSHMS の本質です。この考え方は、国際規格 ISO 45001 としても標準化されています。
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安全投資のリターン
安全への投資は、単なる出費ではありません。国際社会保障協会(ISSA)等による国際調査(2011 年、世界約 300 社を
対象)では、労働安全衛生への投資 1 に対して、2.2 の経済的リターン(Return on Prevention)が期待できると算定され
ています。効果には、事故の減少だけでなく、企業イメージや企業文化の改善も含まれます。
日本の政策も同じ方向を向いています。第 14 次労働災害防止計画は、安全衛生対策を単なる費用ではなく人的投資として捉
え、安全に取り組む事業者が社会的に評価される環境づくりを掲げています。厚生労働省の安全衛生優良企業公表制度(通
称ホワイトマーク)は、高い安全衛生水準を維持する企業を認定・公表する制度で、認定企業は認定マークを採用活動や広報
に使用でき、採用力・企業イメージ・取引先評価の向上につながります。ただし、認定の前提条件は過去 3 年間に重大な法違反
がないことであり、事故や送検はこの入口そのものを閉ざしてしまいます。
図 10 安全投資のリターン構造(守るもの×高めるもの)
安全投資は、操業の継続・保険料・法的リスクを「守り」、企業イメージ・採用力・取引先評価を「高め」ます。ただし、安全への取り
組みが従業員の定着や顧客からの信頼に「寄与し得る」ことは確かですが、「この対策を行えば離職率が何%下がる」「安全投資
は必ず売上を増やす」といった断定はできません。
OSHMS の導入そのものが目的ではありません。「トップが方針を示し、計画し、実行させ、確認し、改善する」というサイクルを、
経営の中に持つこと。それこそが本質です。
出所:株式会社イプロス「機械安全の基礎知識 6:労働安全衛生マネジメントシステム(OSHMS)」(2017 年)/厚生労働省「労働安全衛生マネジメント
システムに関する指針」/厚生労働省「第 14 次労働災害防止計画について」/厚生労働省「安全衛生優良企業公表制度について」/ISSA "Calculating
the international return on prevention for companies"(2011 年)/ISO 45001:2018
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第 8 章 安全を企業文化にする――経営者・管理者の役割
対策は買えます。しかし、文化は買えません。
経営者・管理者の役割は、安全対策を自ら設計することではありません。危険な非定常作業の一覧化を指示し、責任者・予算・
期限を決め、改善計画の報告を求めて継続的に確認し、社内で判断できない事項は外部専門家に確認させる――これが基本
です。しかし、それだけでは足りません。もっとも重要なのは、これらの取り組みを一過性のキャンペーンで終わらせず、経営の仕組みと
して続けることです。
安全を企業文化として根づかせるには、時間がかかります。「30 日でできる」という発想そのものが、実は危険です。短期間のチェック
リストをこなして終わりにしてしまうと、翌年には元の状態に戻ってしまいかねません。次の 3 つのフェーズは、時間をかけて安全を重視
する判断が当たり前になっていく道筋を示しています。
図 11 安全文化定着への 3 フェーズロードマップ
文化が根付いたかを見るサイン/形骸化のサイン
文化が根づいてきたサインには、いくつかの特徴があります。悪い報告が早く経営に上がってくること。ヒヤリハットの報告件数が多いこ
と――これは危険が多いのではなく、隠されずに報告されている証拠です。非定常作業の手順書が、実態に合わせて更新され続け
ていること。そして、経営者自身が現場を歩き、安全について具体的な質問を投げかけていること。
反対に、形骸化のサインも見逃せません。安全会議が資料の読み上げだけで終わっていること。ヒヤリハットの報告がゼロであること
――これは安全なのではなく、報告されていないだけかもしれません。監査や視察の前だけ現場が整うこと。「安全第一」というスロー
ガンは掲げられているのに、そのための予算が確保されていないこと。これらのサインに気づいたら、文化づくりが表面的なものにとどまっ
ている可能性を疑うべきです。
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経営者が陥りやすい誤認
• 「重大事故がない」=「危険がない」ではない
• 「非常停止装置がある」=「エネルギーが隔離されている」ではない
• 「ベテランがいる」=「非定常作業が管理されている」ではない
• 「教育した」=「設備の対策ができた」ではない
文化づくりに近道はありません。しかし、始めなければ、何年経っても何も変わりません。トップが本気であることが現場に伝わっ
た瞬間から、現場は変わり始めます。
出所:厚生労働省「労働安全衛生マネジメントシステムに関する指針」/中央労働災害防止協会 関連資料
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第 9 章 まとめ:明日からの 5 つの行動
機械災害は、20 年かけても減りきっていません。そして危険は、通常運転ではなく非定常作業に集中しています。事故が起きれば、
その責任は会社と管理職個人に、刑事・行政・民事・社会的という四重の形で及びます。一方で、安全投資にはリターンが期待で
き、それを一過性の対応ではなく企業文化として根づかせることこそが、経営にしかできない仕事です。
もう一度:事故が起きたとき、問われるのは
刑事責任(送検・企業名公表、そして管理職個人が「行為者」として処罰の対象になり得ること)。行政責任(使用停止命令、
保険料への跳ね返り)。民事責任(安全配慮義務違反による賠償――法令を守っていても免れるとは限らないこと)。そして社会
的責任(信用の失墜、採用・取引への影響)。この重さを知ったうえで、次の 5 つから始めてください。
明日からの 5 つの行動
1. 危険な非定常作業を洗い出す
2. ヒヤリハットや過去のトラブルから危険な場面を特定する
3. 危険性と影響の大きさで対応の優先順位を決める
4. 担当部署に対処計画の作成を指示する
5. 社内だけで判断できない事項は外部専門家へ相談する
安全なくして生産なし。そして、安全は経営者の指示から始まり、企業文化として実を結びます。
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出典一覧
公的機関
・厚生労働省「令和 7 年における労働災害発生状況(確定値)」2026 年
・厚生労働省「職場のあんぜんサイト」労働災害統計集 各年版(2006~2025 年)
・厚生労働省「第 14 次労働災害防止計画の実施状況等について①」資料 4-1
・厚生労働省「第 14 次労働災害防止計画について」
・厚生労働省「パン、菓子製造業における労働災害防止対策の徹底について」2012 年
・厚生労働省「労働基準関係法令違反に係る公表事案」
・厚生労働省「労災保険のメリット制について」
・厚生労働省「機械の包括的な安全基準に関する指針」(平成 19 年改正)
・厚生労働省「安全衛生優良企業公表制度について」
・厚生労働省「労働安全衛生マネジメントシステムに関する指針」
・中央労働災害防止協会「化学設備等における非定常作業の安全」2015 年
・職場のあんぜんサイト(厚生労働省)災害事例データベース
・e-Gov 法令検索「労働安全衛生法」「労働安全衛生規則」「労働契約法」
業界資料
・株式会社イプロス Tech Note 編集部「機械安全の基礎知識」第 4~7 回(著者:千葉正伸、2017~2018 年)
国際機関・国際規格
・ISSA "Calculating the international return on prevention for companies" 2011 年
・ISO 12100:2010/ISO 14118:2017/ISO 45001:2018
その他
・労働新聞社「安全スタッフ」(東京労働局の機械災害調査に関する報道)
・裁判例は、個別の事件名・企業名を伏せ、水準感の紹介にとどめています。
本書に掲載した統計は 2026 年 7 月時点で公表されている数値に基づきます。法令・行政指針・JIS/ISO 規格は、その法的効力が異なります。
個別設備における対策の要否は、機械・作業・エネルギー源・設置環境を踏まえた専門家の確認が必要です。刑事・民事責任に関する記述は一般
的な制度の説明であり、個別事案の結論を保証するものではありません。本書は一般的な情報提供を目的とするものであり、法的助言、規格適合
判定、個別設備の安全診断を行うものではありません。
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